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東京地方裁判所 昭和49年(レ)182号 判決 1976年10月12日

控訴人 品田奥良

被控訴人 株式会社小学館

主文

一  原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被控訴人は、昭和四八年一月三一日、訴外竹内省吾から同人所有の別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を買いうけた。

2  控訴人は、昭和一三年七月二一日ころから本件建物を占有している。

3  本件建物の賃料または賃料相当の損害金は、昭和四七年六月一日から同四八年三月三一日までの間は一か月金九一〇〇円、同年四月一日以降の賃料相当の損害金は一か月金一万二四〇〇円である。

よつて被控訴人は控訴人に対し、所有権に基づき本件建物の明渡を求めるとともに、昭和四七年六月一日から同年九月七日までは賃料として、同年同月八日から昭和四八年三月三一日までは賃料相当損害金として一か月金九一〇〇円の割合による金員を、同年四月一日から右明渡済まで賃料相当損害金として一か月金一万二四〇〇円の割合による金員を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、本件建物がもと訴外竹内省吾の所有であつたことは認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3は争う。

三  抗弁

控訴人は、昭和一三年七月二一日、訴外竹内省吾から、一か月金三八円の賃料で、本件建物を賃借した。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は認める。

五  再抗弁

(賃貸借契約の解除)

1 本件建物は地代家賃統制令の適用をうける建物であり、昭和四七年度の地代家賃統制令に基づく統制最高額は一か月金一万二二一二円である。

2 訴外竹内省吾は、昭和四七年五月二九日到達の書面で控訴人に対し、従前一か月金六〇〇〇円であつた賃料を同年六月一日以降、右統制額の範囲内である一か月金九一〇〇円に増額する旨の意思表示をした。

3 訴外竹内省吾は、昭和四七年九月二日到達の書面で控訴人に対し、本件建物の同年六月から八月の賃料合計金二万七三〇〇円を右書面到達後五日以内に支払うよう催告し、右期間内に支払がないときは本件建物の賃貸借契約を解除する旨の条件付解除の意思表示をした。

4 昭和四七年九月七日の催告期間の経過により、本件賃貸借契約は解除された。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は認める。

2  同2のうち、書面到達の日は否認し、その余の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4は争う。

七  再々抗弁

1(一)  控訴人は昭和四七年六月ころ、従前の賃料額である一か月金六〇〇〇円を相当と認めて、訴外竹内省吾に対してこれを提供したが、同人に受領を拒絶されたため、同年八月初めころ、同年六月分及び七月分の賃料として、同年九月初めころ、同年八月分の賃料として、従前どおりの一か月金六〇〇〇円の割合による金員を供託した。

(二)  訴外竹内省吾は控訴人の無知に乗じ、長年にわたり地代家賃統制令に定める最高額を数倍も上回る賃料を控訴人から受領してきたものであるが、昭和四一年一一月ころ、賃料増額をめぐりこの点が問題となり、交渉の結果、同月二六日、訴外竹内省吾と控訴人との間で、本件建物につき今後たとえ統制廃止になつても、当時の賃料一か月金六〇〇〇円以上には絶対増額しない旨の不増額特約が締結された。

(三)  仮に不増額特約が認められないとしても、本件の場合はつぎのとおりの特段の事情があるから、借家法附則第八項をただちに適用して債務不履行にあたるとすることは妥当でない。

(1)  昭和四六年一二月二八日建設省告示第二一六一号により、特に地代額につき、統制額が統制令の適用をうけない通常の地代額と同額もしくはそれ以上の額となる事態を招来することとなり、借家法附則第八項と同趣旨の借地法附則第八項の存在意義はなくなつたものと言わねばならない。また、統制家賃額も、地代相当額と純家賃額とから構成されていること、統制外の通常の賃料の場合には相当と認める額(一般に従前の賃料)を供託しておれば、借家法第七条第二項により債務不履行の責を免れるのに、より一層借主が保護されるべき統制令の適用を受ける建物については、場合によつては貸主の請求額を超えて統制最高額を供託しなければ債務不履行になるという不合理があること、さらに統制額を算出するのが極めて面倒であることにかんがみれば、借家法附則第八項は存在価値のないものと言うべきである。

(2)  控訴人は、法律には全くの素人であり、借家法附則第八項の存在など知る由もなかつたうえ、前記のとおり、訴外竹内との間で不増額特約が締結されていたものと信じており、またそう信ずべき十分な事情があつたので、従前の賃料額を相当な賃料として供託したものである。

(3)  さらに実質的に見ても、控訴人は訴外竹内省吾に対し、本件建物の統制家賃がいくらであるかを全く知らないで長年にわたり統制額を数倍も上まわる賃料を支払つてきたものであるが、昭和三八年五月から同四六年一二月までの実際支払額と統制最高額との差額だけでも左記のとおり、合計約三〇万円の過払いとなつている。

昭和三八年五月から同三九年一二月までの賃料は一か月金四四〇〇円、同四〇年一月から同四六年一二月までの賃料は一か月金六〇〇〇円であるところ統制最高額は別紙計算表のとおり、昭和三八年五月から同四〇年一二月までは一か月金一九五五円、同四一年一月から一二月までは一か月金二一八一円、同四二年一月から一二月までは一か月金二四四六円、同四三年一月から一二月までは一か月金二七三九円、同四四年一月から一二月までは一か月金三〇七三円、同四五年一月から一二月までは一か月金三七六六円、同四六年一月から一二月までは一か月金四六九五円であり、合計金三〇万二六六四円の過払いである。

しかるに、本件賃貸借契約解除の原因となつた賃料不払の総額は、昭和四七年六月分から八月分の増額賃料と供託額との差額合計金九三〇〇円にすぎない。

2  仮に再々抗弁1が認められないとしても、同1(三)の(1) ないし(3) のとおり賃貸人と賃借人との信頼関係を破壊するものと認めるに足りない特段の事情があるから、本件賃貸借契約の解除権を行使することは許されない。

八  再々抗弁に対する認否

1(一)  再々抗弁1(一)のうち、控訴人が訴外竹内省吾に対し、昭和四七年八月初めころ、同年六月分及び七月分の賃料として、同年九月初めころ同年八月分の賃料として一か月金六〇〇〇円の割合による金員を供託したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同1(二)の事実は否認する。

(三)  同1(三)は否認する。

本件建物は、地代家賃統制令の適用をうける建物であるから、借家法附則第八項により統制最高額り範囲内での賃料増額請求については、同法第七条第二項の適用が排除されるところ、訴外竹内省吾は控訴人に対し、統制額の範囲内で控え目に賃料増額請求をなしたのであるから、控訴人は右増額にかかる賃料全額を支払わない限り債務不履行の責を免れない。

2  再々抗弁2は否認する。

第三証拠<省略>

理由

一1  請求原因1のうち、本件建物がもと訴外竹内省吾の所有であつたことは当事者間に争いがなく、控訴人はその余の事実につき明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

2  同2の事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁事実は当事者間に争いがない。

三1  再抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

2  同2の事実は、訴外竹内省吾の賃料増額の意思表示が控訴人に到達した日を除き当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第二号証及び証人竹内省吾の証言によれば、右意思表示は昭和四七年五月中に控訴人に到達したものと認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

3  同3の事実は当事者間に争いがない。

四  そこで再々抗弁につき判断する。

1  成立に争いがない乙第一七号証及び原審ならびに当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は賃料不増額の特約が成立していると信じ、昭和四七年六月ころ、従前の賃料額である一か月金六〇〇〇円を相当と認めて、訴外竹内省吾に対してこれを提供し、同人に受領を拒絶されたことが認められ、控訴人が昭和四七年八月初めころ、同年六月分及び七月分の賃料として、同年九月初めころ、同年八月分の賃料として、従前どおりの一か月金六〇〇〇円の割合による金員を供託したことは当事者間に争いがない。

2  控訴人は昭和四一年一一月二六日、訴外竹内省吾との間で本件建物につき不増額特約を締結したと主張し、証人江利川勝次郎及び原審ならびに当審における控訴人本人の供述中には右主張に沿う部分があるが、右供述部分は証人岡田久恵及び同竹内省吾の証言に照らしてにわかに措信できず、他に不増額特約が締結されたことを認めるに足りる証拠はない。

3  本件建物は地代家賃統制令の適用をうける建物であるところ、地代家賃統制令の適用をうける建物においては、借家法附則第八項により、統制最高額の範囲内での賃料増額請求については、同法第七条第二項の適用が排除されるため、賃借人が増額請求された金員を支払わない限り、たとえ相当と認める賃料を賃貸人に提供し、受領を拒絶されたときにこれを供託しても債務不履行の責を免れないものというべきである。

ところで、本件建物の場合、前判示のとおり昭和四七年度の統制最高額は一か月金一万二二一二円であり、訴外竹内省吾は控訴人に対し、従来一か月金六〇〇〇円であつた約定賃料を統制額範囲内の一か月金九一〇〇円に増額する旨の意思表示をしており、また証人竹内省吾の証言によれば、固定資産税が増額され本件建物の近隣の建物の賃料も同様に増額されたことが認められるから、本件建物の賃料は、昭和四七年六月以降一か月金九一〇〇円となつたものと認めることができる。

4  しかしながら、成立に争いのない甲第七号証の一、二、乙第三号証ないし第一二号証、第一七号証、第二二号証及び原審ならびに当審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、訴外竹内省吾と控訴人との間では、昭和四七年以前の本件建物の賃料は、地代家賃統制令による統制最高額を全く顧慮せずに定められてきたこと、その結果、訴外竹内省吾は控訴人から長年にわたり統制最高額を大幅に上回る賃料を収受しており、昭和三八年五月から同四六年一二月までの間だけでも合わせて約三〇万円も統制最高額を上回る賃料を収受してきたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

5  ところが、昭和四七年に固定資産税台帳に登録された価格が一挙に数倍に増額されたため、地代家賃統制令に基づく地代額が統制を受けない土地の通常の地代額を上回る現象を生じるに至り、これに伴い統制家賃額もまた大幅に引きあげられた結果、従来低家賃に抑えられた家主の利益保護を目的とした借家法附則第八項の存在理由が薄くなつたことは当裁判所に顕著なところである。

ちなみに本件建物についても、従来統制最高額を上回つていた一か月金六〇〇〇円の約定賃料が、昭和四七年に至り一転して統制最高額の範囲内となつたものであることが明らかである。

6  以上のような事情のもとでは、本件建物が地代家賃統制令の適用をうける建物であるとの一事をもつてただちに借家法附則第八項を適用することは妥当ではなく、統制令の適用のない建物の場合と同様に、同法第七条第二項により賃借人において相当と認める金額を賃貸人に提供し、その受領を拒絶されたときは、これを供託することによつて、債務不履行の責を免れるものと解するのが相当である。

五  そうすると、控訴人のなした前記供託は適法な供託であるということができ、従つて訴外竹内省吾の控訴人に対する本件賃貸借契約解除の意思表示は、その効力を生ずるに由ないものというべきである。

六  よつて、被控訴人の本件建物の所有権に基づき、控訴人に対しその明渡を求める請求は理由がないといわねばならない。

七  つぎに、被控訴人の控訴人に対し昭和四七年六月一日から同年九月七日まで一か月金九一〇〇円の割合による賃料及び同年九月八日から昭和四八年一月三一日(被控訴人が本件建物の所有権を取得した日)まで一ケ月金九一〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払いを求める請求は主張自体失当であり、昭和四八年二月一日以降の本件建物明渡ずみまで賃料相当の損害金の支払いを求める請求も、被控訴人が控訴人に対して本件建物の明渡請求権を有しないこと前項説示のとおりであるから、理由がないといわねばならない(もつとも昭和四七年六月一日から同年九月七日まで賃料として、同年九月八日から昭和四八年二月四日まで賃料相当の損害金として一か月金九一〇〇円の割合による金員の支払いを求める部分については被控訴人からの控訴もなされていない。)。

八  以上の次第で、被控訴人の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきであり、これを一部認容した原判決は失当であるから原判決中控訴人敗訴の部分を取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小川正澄 若林昌俊 芝田俊文)

(別紙)物件目録<省略>

(別紙)計算表<省略>

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